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「よみがえりの主を見る」 2018/4/1

「よみがえりの主を見る」
ヨハネ20:1~23
本日はイースターの礼拝です。先週は子たちのキャンプがあり、ザアカイのお話しがありました。彼は主イエスを求め、その結果、彼の生涯は変わっていきました。今回は主の復活の記事です。ここにも彼のように主を求めた人々の姿が出てきます。
●不器用ながらも主イエスを求め、愛そうとした人々
十字架の後、アリマタヤのヨセフとニコデモは主のご遺体を引き取り、丁重に葬りました。その費用は大きなものだったと想像されます。マグダラのマリヤは(ほかの福音書には他の女性たちも)週明けの早朝、真っ先に主の墓に来ました。主を否んだシモン・ペテロはマリヤから話を聞き、墓に駆け付けました。それぞれ不器用ながらも主を愛していたのです。
●その主は今も生きおられ、私たちの求めに答えてくださる。
主イエスは今も生きておられ、私たちの求めに答えてくださる方です。主は「マリヤ」と声をかけてくださいました。また不安に怯えていた弟子たちに会ってくださいました。またトマスにもお会いくださいました。疑い深いとされるトマスもヨハネ11:16を見ますと、「『私たちも行って、主といっしょに死のうではないか。』」と告白するほど主を愛していました。それら一人ひとりに主はあってくださり、その求めに応じてくださったのです。
●私たちもこのよみがえりの主を求め、敬って歩みたい
私たちもこのよみがえりの主を求め、敬って歩みましょう。よみがえりの主は私たちに①新しいいのち(神のとつながり)②真の喜び③むなしくない生涯(Ⅰコリ15:58)を与えてくださいます。新改訳2017では「見ないで信じる人たちは幸いです。」と「たち」とあります。私たちすべてがその対象なのです。弟子たちは「見て喜んだ」とあります。主イエスは今も生きておられ、私たちの求めに応じてくださる方です。私たちはこの方を見続けましょう。そして主の素晴らしさや愛を体験し続けましょう。