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‘礼拝メッセージ(抜粋)’

「神のご計画に生きる」2018/1/7

「神のご計画に生きる」
(ローマ:10:1~12、11:33~36)
新年が始まりました。この一年の皆様の歩みに主の祝福をお祈します。ローマ人への手紙は使徒パウロがローマにいた教会の人々に書いた手紙です。当時、ローマ教会には牧師がおらず、また出来て間もない教会でした。ですので、正確に救いとは何かを伝える必要がありました。1~11章は神さまの救いの計画の素晴らしさが記されています。新年の冒頭、その主のご計画に心を留めましょう。
●神さまのご計画がある
10章には主イエスによる救いがすべての人にあることが示されています。「ユダヤ人、ギリシャ人にも」とあるようにです。33節以下では、それらの救いの計画をまとめたパウロ自身が感動しています。今年で平成は終わりです。時代はものすごい勢いで変わっていることも感じます。IT技術進歩や少子高齢化などどうなるのだろうと思います。そのような中でも変わらないのが、この神の救いの計画なのです。
●その土台は主のみことばです。
この神のご計画の土台はみことばです。「信仰は聞くことから始まり、キリストについてのみことばによるのです」とありますが、みことばがご計画の土台です。主は「光あれ」とみことばによって世界を造られ「みことば」を通じて、ご自身とその救いのご計画を示されたのです。主イエスは神さまの計画の中心、主人公でした。その言動もみことば(聖書)によって私たちに残されているのです。
●だからこそ、私たちはこの年もこのみことばに生きよう
「信仰は聞くことから始まり、」とありました。当時は文字は少なく、聞く、ということが主体であった時代でした。みことばを聞き、主とともに歩むことはマラソンの良い走り方にも例えられます。①ゆっくり長く③道具(聖書、良書)も大切④正しいフォームで⑤呼吸法(祈り)が大切なのです。この一年、主のみことばを聞き、そのご計画の中に生きる一年でありましょう。

「神の愛の中で」2017/11/5

「神の愛の中で」(ルカ15:1~10)
永六輔という方の「大往生」という著書の中に「人は死にます。必ず死にます。その時に生まれてきてよかった、生きていてよかったと思いながら死ぬことができるでしょうか。そう思って死ぬことを大往生といいます」という一節があります。どうしたら「生きていて良かった」と感じることができるのでしょうか。それは「愛されている、大切にされている」ということを感じる時ではないでしょうか。
●愛されている私たち
主イエスは有名な「失われた一匹の羊」のたとえをお語りになりました。主イエスはメッセージはごく単純に、「あなたがたも、自分の大切なものが無くなったら、必死に探し回るだろう」ということです。また「ドラクマ銀貨」を探した女性もそうでした。1ドラクマは一人の労働者の一日の賃金に当たる金額です。これは神の愛に通じるものです。神様は私たちを「高価で尊い」「わたしのものだ」としてくださっているお方です。
●私たちも神の愛の視点をもって歩みたい
この例え話は当時のパリサイ人や律法学者たちに語られたものでした。彼らは「罪人」と呼んでいた人々の救いには無関心でした。主イエスは、ご自分の大切なものが失われていくのを、まあいいや、と放っておくのではなく、捜しに来て、見つけ出し、ご自分のもとに取り戻そうとなさるのです。私たちも犠牲を払い人を愛することを実践したいものです。
●神さまはそのような私たちを作り変えてくださる。
「なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」(ローマ5:5)とありますが、私たちにはこの愛を実践することかできるように新たな力が与えられます。主は良い牧者です。この主の心を自分の心とし、愛の実践を続けてまいりましょう。

「確かな望みの土台」2017/10/1

(マタイ9:18~26)
私たちの周りには人の力ではどうすることもできないことがあります。主イエスの所に1人の会堂管理者が自分の娘のことでやってきました。会堂管理者は「監督者、指導者」という意味もあり高い地位にありました。その彼が主イエスに自分の家に来てほしいとしきりに懇願しました。なぜなら、その娘が亡くなったというのです。それは彼にもどうすることもできないことでした。
またある女性は12年もの間、長血という婦人病で苦しみ、治療のために生活費の全部を費やしても治らず、どうすることもできずにいました。また、当時の社会では女性のこうした病気は宗教的に汚れていると考えられ、そのために社会的に疎外されていたのです。
ですが、彼らには最後の望みがありました。主イエスキリストです。会堂管理者は「イエスの前に出てひれ伏し」とあります。また女性も「お着物にでもさわることができればきっと直る」と考えていました。それで群衆をかき分け、主のもとに近寄ったのです。
その結果、会堂管理者の娘は生き返り、長血の女性がイエスの衣のふさにさわった時、彼女の血の流出が止まったのです。彼らの望みは叶えられました。それは主イエスの力だったのです。
主はその望み以上のことをしてくださいました。22節には「全く直った」とありますが単に女性はいやされただけでなく、社会的にも認められ、新しい生き方ができるようになったのです。よみがえった娘も新たな生き方が始まりました。主は望み以上のことをなしてくださる方です。
私たちにも主は最善をしてくださる方です。またそれ以上の事をしてくださる方でもあります。もちろん最大の望みは「復活」でしょう。「この希望は失望に終わることがありません。」(ローマ5:5)とありますが、失望を与えることのないこの方に信頼して参りましょう。

「真に豊かな生涯」 2017/9/17

「真に豊かな生涯」     (詩篇91篇)
明日は敬老の日です。長寿は幸いですが、その中でも真に豊かな生涯を歩む秘訣を考えて行きましょう。詩篇91篇は90篇、92篇とともに「信頼の3連詩」ともいわれテーマは「神への信頼によって与えられる心の安全」といえます。「心の安全」とは人が求めている根本的な問題の一つです。この詩篇は主語が「私」「あなた」「彼」等ありますが、いずれも信仰者の証でなのです。
●主の守りの範囲
主の守りは敵から(3)、病から(3、6、10)、あらゆる危険から(5、10、13)などといえます。小鳥を捕まえるカスミ網というのがありますが、私たちの周りには目に見えないような危険があります。それら一つひとつから主は守ってくださいます。
●主の守りの姿
主の守りは犠牲的です。「主は、ご自分の羽で」とありますが雛を命がけで守る親鳥のように私たちを守ってくださいます。
その武器は「真実」です。神さまはその真実さ故に「確実に」私たちを守ってくださいます。
●主の守りの対象
ご自身に信頼するものを特に守られる方です。もちろん主は
創造主としてすべての被造物(ヨナ4:11)を愛しておられます。また、主ご自身のかたちに創られた存在である人を愛しておられます。そして何より、神を愛し、求める人(14)を助けて下さるのです。「愛しているから」は「すがりついて離れない」という意味があります。そのような人に援助(14)、高揚(14)、応答(15)、慰め(15)、栄誉(15)、豊かな生涯(16)、救いと啓示(16)等を与えてくださるのです。鍵は継続的な主との関係です。「住む」92:1「宿る」(91:1)「植えられる」92:13という言葉に表されるものです。神を愛する生涯は真に豊かな生涯です。これを土台に進んで行きましょう。

「主の助けによって歩む」2017/8/6

「主の助けによって歩む」ヨシュア13:8~14
ヨシュア記はイスラエル民族のカナン相続、定住に関する過程の記録であり、そこに働いてくだった神の導き、助けの記録です。13~21章には相続地の分割(12部族に)があり、今回の13章マナセ、ルベン、ガド、レビ部族への分割となります。マナセ、ルベン、ガド族はヨルダン川東岸地域を与えられました。レビ族は相続地は与えられませんでした。彼らは各部族の中で祭司の役割を果たしていました。彼らに割り当て地はなく神への捧げもので生活していたのです。今回はこの箇所から心に留めたいことは、
①神は必ず約束を守る方(8)(14)(33)。「主が約束されたとおり」とありますが、神様は約束通り、各部族に相続地を与えられました。神様はどんな状況であっても決して約束を破ることなく
守られる方です。
②私たちは神の恵みを「十分に」求め、得ることが大切(1)(13)
ヨシュアは老年になっても主から尚、勝ち取るべき地があることが示されました。相続地を与えられた部族の中には他民族をそのまま住まわせたことで後で問題を引き起こしました。私たちは神様から恵みを中途半端ではなく求め続けることが大切です。
③神様は私たちの必要を満たし良いものを相続させてくださる。私たちは神の子どもであり、もし子どもであるなら、相続人でもあります(ローマ8:17~18)。神様はすべての良きものを私たちに与え満たしてくだる方です。
④何より、私たちにとっては神様そのものが相続地(33)
私たちにとっては主そのものが相続地であり、私たちの「完全な相続分、供給源」です。もちろん土地や財産は大切です。しかし、何より神様に信頼していけばすべてのものは供給されるのです「主こそ私の受ける分です」(哀歌3:24)とあるようにです。だからこそこの方に信頼し、ともに歩みましょう。

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