インマヌエル越谷教会とは 定期集会 礼拝メッセージ 特別集会 教室・サークル アクセス そのほかのご案内

「捜して救われる神」 2016/6/5

「捜して救われる神」ルカ15:1~10
本日の箇所は有名な羊飼いのたとえ話です。 羊飼いが野原で100匹の羊を飼っていましたが一匹がいなくなりました。99匹は野原においたまま、羊飼いは見失った羊を決して諦めることなく捜し回りました。そして、とうとう羊を見つけだしたのです。実際に迷い出た羊を捜す羊飼いの姿は当時、よくあったようです。この箇所には聖書に示された神の愛が記されています。
●神の価値観は人の価値観とは違う
主イエスはこのような譬えをお話しになったのには、パリサイ派の人々や律法学者たちの様子を見たからでした。彼らは宗教上の戒めを守れない人々を見下していました。人の価値観はそのようなもので、自分の好み、基準に合っているか(2)自分の利益になるか自分にとって損か得か、などです。それに対して神の対象はすべてであり、損得は関係ありません。
●神の特別な愛
さらに神の愛は犠牲を顧みないのです。それは「見つけるまで」とあるように強い熱情をもつ愛です。ルカの10章には良いサマリヤ人のたとえ話が出てきます。彼は傷付いたユダヤ人を「かわいそうに思い」とありますが、これは「内臓が痛むほど」という意味があります。それほど私たちを思い、そしてその存在を心から喜んでくださるのが神さまです。
●私たちも愛されている存在
私たちも羊のように弱い存在です。例えば羊というのはたいへんな近眼で、通常、ひたすら下を向いて目の前の草を無心に食べるだけだそうです。私たちもそのように目の前のことばかりにとらわれてしまうことがあるかもしれません。神という視点を失う時、そのようになりがちです。私たちは神との距離感を考えましょう。距離を感じたら、肩に乗せられた羊のようにこの方に生涯をゆだねて歩みましょう(5)。